勝負事の日

だそうで。じゃんけんでピストル出そうぜ。

年末から始まった休みも今日が最後なので、いつも通り特になんもせず。
と思ってたらmixiに誘われたのでひょいこらと始めてみる。
思いついて検索かけてみたところ、何か知り合いが結構やってる事を発見。
とりあえず声だけ掛けてみたところでめんどくなったのでおしまい。

んでさ、アレだ。
今現在僕が多少なりとも繋がりを持っている友人関係のコミュニティってのは
「小学校の同級生」「大学つうかサークル」「ネット」「M;tG」の4つなのですよのね。
んでこの内後半3つに対しては自分の趣味というものを実に開けっ広げと言うか
「ああん朕ってば第二次性徴を迎える前の女の子を3桁くらいの法律に引っかかる勢いでどうにかしたいん」とか喚いても
「黙れ」の一言、或いは虫けらを見る目で見られるかで済む訳です。ひょっとしてこいつら友達じゃない?
まぁいいや、つまりこの日記を見せられるか否かって点で違う付き合い方をしている訳ですな。
で、誘ってもらったのがその小学校繋がりなのであんまりあっちでは(頭が)おかしな事書けないなぁ、と。

なんで適当にやります。ちなみにビックリするくらい分かり易い名前。

ところで今思いついたので書いておこう。いずれネットラジオやった時に同じ話するかもしれんけど。

「技術の発展」とは何か、という問いは殆ど全ての発見や発明というモノに対してぴたりと寄り添ってきた質問だと思うのですよ。
そしてその技術の是非に繋がったり御丁寧に遺伝子組み換え大豆は使ってないとか表記したり。
クローンはどこまでやっちゃっていいのか、脳死は人の死なのか、ダイナマイトは何の為の技術か、etc。
んで、最近ようやっとこれに答えられるのではないか、というとこに着いたのでまぁ今現在の結論として。
えーと、つまり「選択肢を増やす事」ではないかと思うんですよ。
例えば2006年のスペインに居る僕が日本の誰かに対して「僕は紐緒より朝比奈の方が好き好き大好き」という事を伝えたい場合に
手紙、電話、Eメール、自分のブログで公開、または長い旅路の果てに口頭で、等の方法が取れる訳ですな。
でも以前はそうではなかったし、更に技術が発展すればワープとかテレパシーとかあるのかもしれんね。
んで、便利さや倫理観や危険性や効率、その時の気分といった秤に照らし合わせてベストな方法が選べると。
よって、技術の使用を禁止するというのは「してはならない」ではなくて
「できるけどそれを選ばない」という意味で成り立つのが適当ではないかなぁ、と。
つまりそこに意志が働いているというのを意識しておいた方がいーんじゃない?てな話。
良くも悪くも壁は自分で作るモノっつーか、まぁそんなんだ。もうこれ以上話すのめんどい。

ウイスキーも3杯目。だーかーらー、明日から学校だっての。